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    <title>西宮聖愛教会</title>
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    <title>◎　「西宮聖愛教会創立50周年記念特別伝道集会」のお知らせ</title>
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    <published>2010-03-05T14:46:29Z</published>
    <updated>2010-03-05T14:54:06Z</updated>

    <summary><![CDATA[ 5月29, 30日 "西宮聖愛教会創立50周年記念特別伝道集会"&nbsp; ...]]></summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[<p> <b>5月29, 30日 "西宮聖愛教会創立50周年記念特別伝道集会"&nbsp; のお知らせです。<br />どなたでもお気軽にご参加ください。 </b><br /></p> ]]>
        <![CDATA[<hr><br /><br />
<font color="#3366ff"><b><font style="font-size: 1.5625em;">西宮聖愛教会創立50周年記念特別伝道集会<br />講師：中島秀一先生（荻窪栄光教会牧師）</font></b></font><b><br />　<br /></b><ul><li><b>&nbsp;<font style="font-size: 1.25em;">5月29日(土)　</font></b><font style="font-size: 1.25em;"><b>特別伝道集会&nbsp; </b><b>午後</b></font></li><!--<li><b>主題：『あなたを呼ぶ方』　イザヤ 43章1節</b></li>--><br />
</ul><br /><ul><li><font style="font-size: 1.25em;"><b>&nbsp;5月30日(日)　特別伝道礼拝式　午前　</b></font></li><!--<li><b>主題：『あなたを健やかにする方』　マルコの福音書 5章1 - 20節</b></li>--><br />
</ul><br />
<hr><br /><br /><br /><br /><br />
<b><font style="font-size: 1.25em;" color="#3366ff">どなたでもお気軽にお越しください！お待ちしております。</font></b><br /><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年2月28日 主日感謝礼拝式</title>
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    <published>2010-02-28T14:41:01Z</published>
    <updated>2010-03-05T14:57:31Z</updated>

    <summary>                         ◎みことば『いま私は、あなたが...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nseiai.net/">
        <![CDATA[                         <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp; 使徒の働き２０章３３節<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『何事にも振り回されずに』<br />テキスト：使徒の働き２０／２５～３８</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ、信仰の競争を走り抜く。使徒の働き２０／２４<br /><br />①信仰生活を全うする。<br />信仰のコースから外れっ放しになって、<wbr>そのまま脱落してしまうことなく、<wbr>神から与えられた信仰のコース、<wbr>自分に決められたコースを走り通すことが出来るように。<wbr>そのために私たちに与えられているのが聖霊とみ言葉である。Ⅱテモテ４／７、８<br /><br />②聖なる任務。<br />神の恵みの福音を証詞すること。<wbr>最高の使命キリストの十字架と復活の福音を宣教する。<br />ひとりでも多くの人々にイエス様の福音を宣教して、<wbr>ひとりでも多くの人々が永遠の救いに預かるように努めることであ<wbr>る。<br />イエス様がこの世に来られた目的は私たちを救うためである。Ⅰ<wbr>テモテ１／１５<br /><br />聖なる任務である神の福音伝達を力強くすることが出来さえすれば<wbr>、自分の命など惜しいとは思わない。<wbr><br />私たちが神の御国に入るまでには、相当の苦難が付いて廻るが、<wbr>キリストさえ見失わなければ、<wbr>教会から離れなければまず大丈夫である。<br />聖霊とみ言葉をエネルギーとして、<wbr>栄光のゴールインをすることが出来る。ヘブル１２：２<br /><br />Ⅱ、羊の群なる教会。使徒の働き２０／２８<br /><br />①神の教会。<br /><br />イエス・キリストが私たちの罪のために、<br />十字架で流して下さった血潮で、<wbr>贖われた者の集まりが教会である。エクレシアと言う。<br />十字架の血によって罪赦された者の集まり、聖霊とみ言葉により、<wbr>神のきよき愛に生きる群れ、それが西宮聖愛教会である。<br />キリスト教会では群の監督(牧師、長老、執事など)<wbr>によって聖書の教えが説かれて、<br />信徒たちはそれを守り、<wbr>主にある兄弟姉妹たちが聖なる交わりをし、<wbr>聖餐の恵みにあずかり、共に祈りをしている。<br /><wbr>私たちの教会も初代教会と同じである。使徒の働き２：４２<br /><br />②群の監督。<br /><br />群を養い育てるために、<wbr>神が聖霊によって立てた神の器のことである。<wbr>守護者と言う意味もある。<br />畏れ多い務めであるが、<wbr>注意を払って心配りをしてよく見守る務めである。箴言２７：２３<br /><br />③羊飼いのごとく。<br /><br />自分自身と主の群全体に、よく気を配らなければならない。<br /><wbr>キリストが十字架の命の血によって救い出された神の宝の民ですか<wbr>ら、何者にも奪われてはならない。<br />特に、<wbr>サタンに惑わされないように気を付けなければならない。<br />誰ひとりとしてサタンの餌食にさせてはならないのである。<wbr>ヨハネ１０：１１～１５<br />Ⅰペテロ５／６～９<br /><br />Ⅲ、御国を嗣がせる。使徒の働き２０／３２<br /><br />み言葉の種は生きていて命がある。<br /><br />①信仰を育成させる命の種。<br />　命ある限り、必ず成長していく。<br />②私たちのような罪人を、聖なる者と造り変えて、<wbr>聖徒達の仲間に加える力がある。<br />③御国を嗣がせる力がある。<br />私たちが最後に嗣ぐべき財産は、<wbr>朽ちることのない永遠の御国である。ハレルヤ！ペテロ１：４<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2"><br />[例話]イムジン河<br />　"北の大地から 南の空へ<br />飛び行く鳥よ 
自由の使者よ<br />誰が祖国を二つにわけてしまったの<br />誰が祖国をわけてしまったの"<br />神と人間を二つに分断したのは誰か。<br />神の国を切り裂いてしまおうとしているのは誰か。<br />これを一つにして下さったのが平和と自由の使者であるイエス・<wbr>キリストである。<br />エペソ２章１１～１９</font><font face="MS UI Gothic" size="2"><br /></font>]]>
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    <title>◆ 2010年2月21日 主日感謝礼拝式</title>
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    <published>2010-02-20T15:22:30Z</published>
    <updated>2010-02-28T15:30:11Z</updated>

    <summary>                        ◎みことば『私は謙遜の限りを尽く...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <category term="礼拝説教" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nseiai.net/">
        <![CDATA[                        <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 使徒の働き２０章１９節<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『自由の御霊によって実を結ぶ』<br />テキスト：使徒の働き２０／１～２８</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ、和解の福音と証詞。<br /><br />『和解の福音』は、神の主導権によるものであり、<wbr>信仰を持ってこれを受け入れる者には、恩寵となり、これを拒む者には、神の怒りと審判が下る。<br />①<wbr>和解の福音を受け入れる。<br />②和解の務めを任じられている。<br />③和解の言葉を語る。<br /><br />『教会』の最高の使命は、キリストの福音を伝えること。<br />和解には、『神との和解』『人と人との和解』『<wbr>人と被造物との和解』『自分との和解』がある。<br />仲立ちはキリスト。使徒の働き２０：１９～２１<br /><br />人が救われるのは、恵みにより信仰によることが、<wbr>ハッキリと証明されている。エペソ２：８<br />神に対する悔い改め。使徒の働き２０：２１<br />メタノイアと言う。<wbr>罪の告白である。<br />①自分が罪人である事実に同意する。<br />②自分の口で罪を告白する。<br />③イエス・キリストの十字架の血で、<wbr>告白した罪が赦されたことを感謝する。<br /><br />Ⅱ、週の初めー安息の日に。使徒の働き２０：７<br /><br />キリストの復活を記念して、週の初めの日である日曜日に集まり、<wbr>礼拝式を守っていた。<br />また、主イエスの晩餐を記念して、<wbr>聖餐式を行い、共に食事をすることもあった。<wbr><br />クリスチャンにとって昔も今も、聖日に教会に集まって、<wbr>神を礼拝することは、礼儀であり、常識であり、命である。<br />人間としての尊厳を保つ行為でもある。<br />出エジプト記２０：８は、今も生きている神の戒めである。<wbr><br />しかし、現代のクリスチャンは案外気安く安息日の礼拝を休む。<br />神に膝を屈めて礼拝することによって、<wbr>私達は初めて心身の真の安らぎを得る。<br />ヘトヘトになりながら、礼拝を守っている兄姉達が沢山居る。<wbr><br />一週間この世での生活を終えて、教会に帰って来た時は、明らかに疲れた様子。<br />しかし、礼拝が終わった時の顔は輝いている。<br />神への希望と信仰が、息絶えた状況から、<wbr>命あるものへと変えられる。<br />神の憐れみによって、<wbr>信仰の息を吹き返すチャンスは、いつでも残されている。<br /><wbr>そのためには神の和解を受け入れ、神を礼拝することである。<br /><br />主イエスに対する信仰。使徒の働き２０：２１<br />わたしの罪の身代わりに、イエス・<wbr>キリストが十字架で死んで下さった、と信じる。<br />キリストはわたしに永遠の命を与えるために、<wbr>死人のうちより甦られた、と信じる。ローマ１０：８～１３、Ⅰヨハネ１：９<br />この福音のために生きるキリストの使節、<wbr>これが私たちクリスチャン、キリストの弟子である。<br />神の国に入るために。使徒の働き２０：２３<br />どうしても私たちの人生には、苦難が付き纏う。<wbr>生身の身体で問題と悩みだらけの中で、生きなければならない。<wbr><br />だからと言って、神を捨てたり、信仰を止めたりはしたくない。<wbr>確かに信仰的な戦いもあるが、祝福・勝利・<wbr>義の栄冠が約束されているので、耐えて乗り越えることも出来る。Ⅰコリント１０：１３<br /><br />Ⅲ、走るべき行程を完走する。使徒の働き２０：２４<br /><br />パウロは信仰生涯の歩みを競争に例えているが、<wbr>神の恵みと助けによって、何とか信仰生涯を走り<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2">尽くしたい、任務を全うしたい、と願っていた。<br />私たちも同じことを願っている。Ⅱテモテ４：７、８<br /><br />信仰の競争を走り抜くことである。<br />①信仰生活を全うする。私たちは聖霊とみ言葉によって、<wbr>信仰のコースから外れず、脱落せず、<br />神から与えられた信仰のコースを走り通すこと。<br />②聖なる任務。神の恵みの福音を証詞すること。<br />③命の使い処、苦労のし処。<br /><br />神の御国に入るまでには、相当の苦難が続く。<br />しかし、信仰の導き手であり、<wbr>その完成者であるイエスを見つめつつ、<wbr>栄光のゴールをめざして行けば、<wbr>キリストさえ見失わなければ大丈夫である。<br />聖霊とみ言葉がそのためのエネルギーである。ヘブル１２：２</font><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年2月14日 信教自由感謝礼拝式</title>
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    <published>2010-02-13T15:04:10Z</published>
    <updated>2010-02-28T15:22:19Z</updated>

    <summary>                        ◎みことば『思い違いをしてはいけ...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <category term="礼拝説教" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[                        <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠の命を刈り取る。』&nbsp; &nbsp;&nbsp; <br />&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp; ガラテヤ６章７、８節<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『蒔くこと・刈り取ること』<br />テキスト：ガラテヤ６／１～１８</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<p>信仰者として御霊によって生きているなら、御霊によって進もう(生活する)、と勧めている。ガラテヤ５：２５</p>

<p>Ⅰ、御霊に満たされた人。ガラテヤ６：１～５</p>

<p>『罪過に陥っていることがわかったら、、』自分でも気が付かないうちに、過ちを犯していた、気が付いたら、〝相当な深みに填ってしまっていた〟と言う意味である。<br />
こういう人に対する思いやり・・間違いはハッキリ指摘した後に、赦しと同情も必要である。<br />
『御霊の人であるあなたがた、』御霊に満たされて、御霊の支配の中で生活している人のこと。<br />
『柔和な心でその人を正してあげなさい』冷たく裁きっぱなしで、些かの同情も持たない、のではなく、正しい生活に帰りなさい、と励ます。<br />
『自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい』自分は絶対に倒れない、あなたのようなヤワな人間ではないぞ、と傲慢に陥らないように。<br />
『立っていると思っている人は、倒れないように気を付けなさい』Ⅰコリント１０：１２<br />
自分の弱さも謙遜に認めること、弱いところに主の強さが現れる。Ⅱコリント１２：９</p>

<p>ガラテヤ６：２『互いに重荷を負い合いなさい』重荷とは苦しみ、悲しみ・心配などの精神生活上のいろいろな重荷を指している。<br />
『キリストの律法』主イエスが言われたこと、『自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい』ガラテヤ６：３<br />
ガラテヤ６：４、５ キリストの十字架が私の罪のためでした、と言う事実を認めている人は、<br />
他人を見下げて自分が優越感に浸ってはいない。</p>

<p>Ⅱ、蒔いた種を刈り取る法則。ガラテヤ６：６～９</p>

<p>私たちは人を誤魔化すことが出来ても、神を誤魔化すことは出来ない。<br />
良いことでも、悪いことでも、自分のしたことの結果を刈り取らなければならない。<br />
肉に従って生活するものは、滅びを刈り取り、聖霊に従って生活する者は、永遠のいのちを刈り取ることが決まっている。ガラテヤ６：７、８<br />
善を行うことに関しては、忍耐が必要ですから、中途半端のままで、投げ出さないように。<br />
ガラテヤ６：９　Ⅱコリント９：６～８<br />
善を行うことに関して膿疲れてはなりません。</p>

<p>Ⅲ、大事なのは十字架、誇るべきは十字架である。ガラテヤ６：１１～１８</p>

<p>キリストの十字架に頼る信仰が大事なことである。ガラテヤ６：１４　ガラテヤ５：５、６<br />
私たちの誇るべきものは、キリストの十字架。<br />
キリストの十字架によってのみ、私たちはこの世のすべての罪から解放される。キリストの十字架によって、世俗的なものとは、絶縁状態になる。<br />
キリストの十字架によって新しいいのちが与えられた。<br />
キリストの十字架はわが罪のためである、と信じて義とされて、神の御国を相続するという祝福に預かることが出来た。ガラテヤ６：１５</p>

<p>マルチン・ルターはこの恵みに目覚めたのである。<br />
〝われここに立つ〟人は信じて義とされる。<br />
ガラテヤ６：１６『この基準に従って進む人々』律法に依らないで、キリストへの信仰によって義とされるという原理に従うこと。<br />
キリストの福音を受け入れて、救われたクリスチャンに、神の慈愛と憐れみとが豊かに注がれるように、と祈っている。</p>

<p>『私は、この身に、イエスの焼き印を帯びているのですから』ガラテヤ６：１７<br />
奴隷の体に焼き印を押して、持ち主が誰であるか、を明らかにしていた。<br />
私はこのとおりイエスの奴隷として、聖霊の焼き印を押されている。<br />
キリストの十字架の焼き印、聖霊の証印である。<br />
この体も、財も、生活も、時も、全部主のものである。<br />
あなたの心と生活に、いつもキリストの焼き印が見られるように。<br />
ヨハネ黙示録には、クリスチャンの額に焼き印である十字架が刻み込まれてクリスチャン同士にはそれが見える、と書かれてある。<br />
聖霊によってなお深く、キリストの十字架を刻み込んで頂こうではないか。</p>]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年2月7日 信教自由感謝礼拝式</title>
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    <id>tag:nseiai.net,2010://2.106</id>

    <published>2010-02-07T13:30:43Z</published>
    <updated>2010-02-11T13:35:12Z</updated>

    <summary>                       ◎みことば『御霊の実は、愛、喜び、...</summary>
    <author>
        <name>管理者</name>
        
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        <category term="礼拝説教" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nseiai.net/">
        <![CDATA[                       <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです』&nbsp; &nbsp;&nbsp; <br />&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp; ガラテヤ５章２２、２３、２４節<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『自由の御霊によって実を結ぶ』<br />テキスト：ガラテヤ５／１６～２６</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ、自由を肉の働きに用いてはならない。ガラテヤ５：1３-１５<br /><br />キリストによって律法の束縛、異教の神々による束縛、<wbr>世俗的な悪癖・悪習慣などから解放されて、<wbr>真の自由を得たクリスチャンが、<wbr>肉の欲望をコントロールすることなく、聖霊の導きを振り切って、<wbr>自分の思うままの言動を振る舞ってはならない。ガラテヤ5：13<br />寧ろ、み言葉によって示された光に従って、<wbr>愛による言動に努めるべきである。<br />十字架によって与えられた神の愛は、我が儘、気儘、<wbr>傍若無人な振る舞いをさせない。<br />神の律法の神髄は、愛はすべての咎を被うことにある。<wbr>ガラテヤ５：１４<br /><br />愛をもって仕え合うことをせず、<wbr>互いに自己主張ばかりしていると、争いになり、傷つけ合い、<wbr>両者とも腐敗してしまい、惨めな結果に終わる。ガラテヤ5：15<br /><br />Ⅱ 
神の国に相応しくない肉の行い。ガラテヤ５：１６-２１<br /><br />キリストによって得た自由を、<wbr>肉的な行いで浪費することがないようにするために、<wbr>私たちにはどうしても聖霊のご支配、聖霊の助けが必要になる。<br />聖霊があなたの内に内住されていることを信じ、聖霊の働きを信じて、絶対的に寄り頼むことである。<br />聖霊の支配の中で生活しなさい、振る舞いなさい、<wbr>ということである。ガラテヤ５：１６<br /><br />そのためには、<wbr>どうしても絶えざる祈りとみ言葉を信じて従うこと、<wbr>そして教会生活がどうしても必要となってくる。<br />み言葉による聖霊の力と知恵は、私たちの肉的欲望を抑制し、<wbr>正しく用いるように助けて下さる。<br />聖霊により頼まず、肉の欲望のままに身を任せると、<wbr>どのようになるのか。 
ガラテヤ５：１９ー２１<br /><br />①性的なもの『不品行・汚れ・好色』 
<br />②異教的なもの『偶像礼拝・魔術』<br />③『争い・党派心』<br />④『酩酊・泥酔・遊興』<br /><br />これらは皆、御霊に逆らうこと、御霊に反対する行動であって、<wbr>これらの事柄に興味を持ったり、行ったりしている者は、<wbr>決して神の国を相続出来ない。<br />神の国に通じるパイプが詰まってしまい、恵みを受けることも、<wbr>神と交わることも出来なくなり、<wbr>神の御心も分からなくなってしまう。<br /><br />Ⅲ 
御霊に満たされて実を結ぶ。ガラテヤ５：２２-２６<br /><br />クリスチャンは『あなたこそ、生ける神の御子キリストです』<wbr>とイエスをキリストと信仰告白して、バプテスマを受けた時に、<wbr>生来の人間的欲望をキリストと共に、十字架で処分・<wbr>精算済みになった。ガラテヤ５／２４<br />現実の生活の中でクリスチャンの内には、<wbr>今もなお肉の情と欲とが存在してはいるが、<br />これらの支配力と主導権はすでに十字架で、<wbr>キリストと共に打ち砕かれてしまっているので、<wbr>情と欲がイニシアチブを取ることは出来ない。ガラテヤ５：２４<br />寧ろ今では、聖霊に満たされて、聖霊の支配力によって生活し、<wbr>御霊の実を結ぶことによって、<wbr>クリスチャンの証詞を立てるように、と勧めている。ガラテヤ５：２５<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2"><br />『互いにいどみ合ったり』・・持てる者が持たない者に、<wbr>出来る人が出来ない人に向かって、<br />見下したり、貶(けな)したりしてはいけない。<br />また、『そねみ合ったり』・・妬(ねた)んだり、僻(ひが)<wbr>んだりしてはならない。<br />御霊を内住しているクリスチャンには、相応しくない行動である。<wbr>ガラテヤ５：２６<br /><br />この鎖に繋がれることは、<wbr>キリストの十字架による贖いという恵みをご破算にしてしまうこと<wbr>になるので、そのような無益なことをする必要は少しもない。</font><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年1月31日 信教自由感謝礼拝式</title>
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    <published>2010-01-31T13:23:41Z</published>
    <updated>2010-02-11T13:29:46Z</updated>

    <summary>                       ◎みことば『キリストは、自由を得さ...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                       <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『キリストは、自由を得させるために、私たちを解放して下さいました。』&nbsp; &nbsp;&nbsp; <br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 ガラテヤ５：１<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『真理はあなたに自由を得させる』<br />テキスト：ガラテヤ５／１～１５</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ 
キリストの自由は捨てられない。ガラテヤ５：1<br /><br />キリストの十字架の血による贖いによって、律法の束縛、<wbr>異教の神々による束縛、<br />世俗的な悪癖・<wbr>悪習慣の束縛から解放されて、真の自由を得たクリスチャンが、<wbr>自由と言う恵みを捨てて、<br />再び奴隷の状態(<wbr>古い罪に支配される生活)に舞い戻ることのないように、<wbr>抱え込まれないように、<wbr><br />自由を自分のしたい放題のことに使わないように、<wbr><br />とパウロはここで、生み出したわが子を慈しむように、<wbr>ガラテヤの信徒たちに呼びかけている。<br /><br />律法であろうが、<wbr>罪であろうが、何かの鎖に繋がれることは、<wbr>キリストの十字架による贖いという恵みをご破算にしてしまうこと<wbr>になるので、<wbr>そのような無益なことをする必要は少しもないのですよ！<wbr>と強く勧めている。<br /><br />Ⅱ 
愛によって働く信仰が大事。ガラテヤ５：２-６<br /><br />ここではパウロはもし割礼を受けなければ、あなたがたは義と認められない、とするならば、<wbr><br />あなたがたはキリストの恵みから離脱してしまうことになる、<wbr>と警告している。<br /><br />例えば、『割礼』という律法によって、神と結びつきたい、<wbr>と望むなら、<wbr>キリストの十字架を媒体とする神との愛の関係は最早、<wbr>完全に無に帰する。それ故にキリストは役立たずになってしまう。<wbr>ガラテヤ５：２<br /><br />さらに、もし『割礼』によって、神と一つになりたい、<wbr>と切望するならば、<wbr>その人は他の律法を完璧に行う義務と責任を負うことになる。そのことを承知しているであろうか。<br /><br />律法によって、神に義と認められようとする者は、<wbr>キリストの恵みから離れ去り(消え去る)、神の祝福ではなく、<wbr>呪いを受けてしまう(暗礁に乗り上げる・雲散霧消する)。<br />それは誰も律法を完全に行うことが不可能だからである。<wbr>ガラテヤ５：３、４<br /><br />それに対して、キリストを信じて義とされたことを信じる者には、<wbr>神の約束に基づいて、<wbr>聖霊と信仰によって義とされる絶大な恵みを、堅く信じて、大きな望みを抱いて生きている。<br />割礼の有無、生まれ育ち、貧富、職種、経歴などにかかわらず、<wbr>神の恵みと信仰さえあれば、キリストの贖いに預かり、<wbr>神の子として、神の御国を相続する。<br />大事なことは、愛によって働く信仰ですよ！<br /><br />Ⅲ 
逆戻りしてはならない。ガラテヤ５：７-１５<br /><br />ガラテヤ信徒達が間違った方向に行こうとしていたのは、<wbr>極端な律法主義的な教師たちが入り込んで、<wbr>彼らを扇動していたからであった。<br />(迷惑を掛けていた)。ガラテヤ５：７<br />その教えは(その説得は)決して神から出たのではなかった。<wbr>ガラテヤ５：８<br />僅かのパン種(イースト菌)が、<wbr>粉の固まりを大きく膨らます働きがあるように、一寸位と言って、誤った教えや世俗の流れに身を任せると、<wbr>とんでも無い羽目に陥ってしまう。ガラテヤ５：９　<br />Ⅰコリント５：６　マタイ１６：６<br />死んだ小さなハエは香油を臭くし、<wbr>全部ダメになってしまうように(伝道の書１０：１)、<br />『かき乱す』トラブル・メーカー(反乱を起こす、喚き散らす・<wbr>扇動する)になるのではなく、いつでも<br />あなたがたが初めの愛に、<wbr>正しい信仰に立ち帰ってくれることを祈っている。ガラテヤ５：<wbr>１０</font><br /><br /><font face="MS UI Gothic" size="2">信仰生活の前に立ちはだかるものが何であろうと、私たちは、<wbr>迷わず、疑わず、惑わされず、イエスから目を離すことなく、<br />〝<wbr>正しい信仰だ、きよい行いだ、ただ真っ直ぐに進むのだ〟<wbr>の賛美の如く、信仰の道を歩み続けことを望む。<br />『不虞になる』ガラテヤ５：１２ 
<br />ロトの妻のように、決して振り返ってはいけない。<wbr>古い生活に逆戻りして、堕落しては絶対にいけない。<br /><wbr>キリスト教がもし、世俗的な事柄と適当に妥協しながら、<wbr>あちらこちらにいい顔をしていたら、迫害もなく、<wbr>平穏無事であったであろうし、<wbr>もっと多くの人々が教会に押し寄せていたであろう。<br />しかし、<wbr>長続きはしなかったであろう。たとえこの天地が滅びても、<wbr>キリストの福音は滅びることがない。マタイ２４：３５<br /><br />からし種一粒の信仰を持続して生きよう！</font><br />]]>
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    <title>◆ 2010年1月24日 教会創立50周年記念礼拝式</title>
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    <published>2010-01-24T14:08:53Z</published>
    <updated>2010-02-11T13:24:09Z</updated>

    <summary>                      ◎みことば『あなたは、生ける神の御子...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                      <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『あなたは、生ける神の御子キリストです。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; ゼカリヤ４：６、７<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『あなたを生かすキリストの愛』<br />テキスト：マタイ１６／１３～２０、エズラ記３／１～１３</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font size="2" face="MS UI Gothic">[1995.1.17.午前5時46分]<wbr><br />阪神大震災から１５周年の想起をしましたが、死者6434人、<wbr>負傷者数知れず、無数の家屋倒壊、大火災が発生、<wbr>甚大な損傷をもたらした。<br />西宮聖愛教会も全壊の認定を受け、<wbr>多くの信徒たちの家も倒壊、避難生活を余儀なくされた。<wbr><br />この大震災が引き金になったようにその後、<wbr>国内外で大災害が頻繁に起き、<wbr>得体の知れない不気味な出来事が続発、<wbr>ごく最近もハイチで大地震が起きて、膨大な死者が出ている。<br />これらは聖書に記されているように、<wbr>世界終末の末期症状とも見受けられる。マタイ24章<br />だから、私たちの誰もが『万物の終わりが近づきました。<wbr>ですから、祈りのために、心を整え、身を慎みなさい。』Ⅰ<wbr>ペテロ４／７との警告を真摯に受け止めるべきで、<wbr>神と神のみことばを決して見くびってはならない。<br /><br />Ⅰ、祭壇の再建。エズラ３／１～６<br /><br />バビロン捕囚からの帰還後、最初に行われる活動は、<wbr>神礼拝の場所を設けることであった。<br />帰国したイスラエルの民はそのために、最良の時期を待っていた。<wbr>そして、イスラエルにとっては、贖罪の日、<wbr>仮庵の祭りが行われる重要な月である、<br />神の民の再出発に相応しい時、<wbr>民は祭壇の基礎をソロモンの神殿で祭壇が置かれていた場所に、モーセの律法に従った祭壇を築いたのである。<br />これは悔い改めと献身を新たにするために、霊と真をもって神を礼拝する行為であった。<br /><br />私たちクリスチャンの生涯は、「信仰の祭壇」<wbr>を築いて生きるのである。<br />すなわち、①祈り 
②みことば ③賛美 ④献金 
⑤礼拝遵守の祭壇である。<br />これらの信仰の祭壇は建物で言えば、<wbr>筋交いのようなものである。<br /><br />震災時に亡くなられた方の８０％は、<wbr>倒壊した木造建物による圧死であった、との報告が為されていた。<wbr><br />このような死から助かるためには、<wbr>バランスよくしっかりと筋交いを付けて、<wbr>震度６にも耐えられるようにしておく以外にない、<wbr>との専門家の見解である。<br /><br />『全焼のいけにえ』(エズラ3:2-6)<wbr>これは何一つ残さないまつりごとである。創世記２２／２<br />キリストは全焼のいけにえとなって下さった。<br />十字架の祭壇に丸ごと、文字通り何一つ残さず、<wbr>御身をささげて下さった。<br />私のすべてはキリストのもの、キリストはわたしのすべてである。　　ガラテヤ２／１９、２０<br /><br />Ⅱ、神殿の復興再建工事。エズラ３／７～１３<br /><br />『主の神殿の礎を据えた時、』(エズラ３／１０)<br />「かしら石」が神殿の礎として、<wbr>いちばん重要なところに置かれる建物の土台である。<br />教会の礎(土台)は、かしらなるキリストである。<br />私たちの信仰生活の土台はキリストとみ言葉です。<br /><br />Ⅲ、揺るがない人生の土台。イザヤ５１／１<br /><br />私たちはどういうところから救われ、<wbr>どんな大きな恵みの中に生かされているのか。<br />西宮聖愛教会が今日までどのような歩みをして来たのか。<br /><wbr>開拓時代から文化教室、中山家、プレハブ、新会堂、そして、<wbr>震災からの復興再建と初期の頃から今日まで、<wbr>西宮聖愛教会と共に歩んで来られた愛兄姉も幾人かいらっしゃるし<wbr>、その後導かれた方々も沢山いらっしゃいますが、<wbr>私個人としては特に阪神大震災からどのように立ち上がらせて頂い<wbr>たのか、再建復興は決して忘れられない記念塚であり、<wbr>奇蹟の再建復興であった。<br /></font><font size="2" face="MS UI Gothic"><br />同じように西宮聖愛教会再建復興のためにも、<wbr>信徒たちはもとより、教会外、海外、未信徒の方々からも、<wbr>多くのささげものを頂いた。<br />神の恩寵と人の恩義を忘れてならない。<br />残されたこれからの人生をただ、自分だけのためにではなく、<wbr>また世俗の楽しみだけに投資するのではなく、<wbr>神の栄光と人々のしあわせのために投資する人生であって頂きたい<wbr>、と願うのである。<br />『あなたこそ、生ける神の御子キリストです』<br />この信仰告白を生活の基盤として歩んで下さい。</font><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年1月17日 阪神大震災15周年想起礼拝</title>
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    <published>2010-01-17T14:01:33Z</published>
    <updated>2010-01-31T14:05:00Z</updated>

    <summary>                      ◎みことば『息に預言せよ。、神である...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                      <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『息に預言せよ。、神である主はこう仰せられる。息よ。四方から吹いて来い。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; <br />　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;エゼキエル３７：９<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『ドライボーンが生き返る』<br />テキスト：エゼキエル３７／１～１４</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font size="2" face="MS UI Gothic">エゼキエル３７章はイスラエルの民がバビロンという異国異教の地<wbr>で７０年の長い間、<br />捕囚として苦難の道を歩んだ後、<wbr>主の憐れみによって回復するという預言である。<br />物心両面で繁栄していた神の選民イスラエルが何故そのような無様<wbr>な姿に転落し、<br />その様な憂き目に遭ったのか。<wbr>どのようにして回復したのか。<br /><br />まず転落の原因は神への反逆、神を不要としたからである。<wbr>人間が歴史の中で神など必要ない、<wbr>と言い始めると必ず人間の不幸が始まって来る。<br />実際、人間の知識や技術は目を見張るほど、<wbr>急ピッチで進歩を遂げた。多くの分野で人類歴史に貢献して来た。<wbr>しかし、ある人はこう言った。<br /><br />〝人はロケットを飛ばして月へ行き、<wbr>月のしわが何であるかを見て来た。しかし、<wbr>世界人口の三分の一の飢えている人々の額に刻み込まれたしわを理<wbr>解しようとしない。〟<br />また、<br />〝人は、人工心臓を作り、<wbr>心臓を移植するようになりました。しかし、<wbr>あくまでもエゴイズムで凝り固まった心を取り替えることが出来な<wbr>いでいる〟<br />〝人は原子力を解放し、原子爆弾や水素爆弾を製造し、<wbr>地球と人類を滅ぼすことが出来る。<br />しかし、<wbr>人類を平和と愛の人類として作り替えることが出来ずに苦しんでい<wbr>ます〟。<br /><br />汚れきった今の時代こそ、神が必要である。<wbr>すべての人がこの絶大な神の恵みとまことによって覆い尽くされて<wbr>、新しく作り替えられることこそ、<wbr>今の時代に最も必要なことではないか。<wbr><br /><br />イスラエルの回復のためにはどうしても神の憐れみが必要であった<wbr>。<br />神は思わぬ方法でイスラエルを解放させた。<br /><wbr>ペルシャの王クロスを用いてイスラエルをバビロンから解放してエ<wbr>ルサレムに帰還させた。<br />ちょうど、ドライボーンに皮膚が付、<wbr>肉に覆われて息を吹き返すように生きる希望に燃えて故郷に帰って<wbr>来た。<br /><br />１９９５年１月１７日(月)<wbr>午前５時４６分阪神淡路大震災が起きた。６，<wbr>４３４人が尊い命を失った。<br />町々は殆ど復興されているが、<wbr>まだまだ多くの人たちの心の傷、<wbr>精神的肉体的な傷は癒されていない。<wbr><br />大震災で被害を受けた人たちのみならず、<wbr>私たち人間の心の傷を癒すのは並大抵ではない。<wbr><br />いろいろな手段があるにしても、根本的に癒されるためには、<wbr>神の命の息吹、聖霊とみことばの力が必要である。<br /><wbr>多くの人たちがいろいろな形で救いの手を差し伸べている。<wbr>すべてのクリスチャンに出来ることがある。<br /><wbr>それは神にまず祈ることである。<br />教会創立５０周年記念特集(５月２９日-３０日)<wbr>のために教会総力を挙げて祈り、愛の手を差し伸べよう！<br /></font><font size="2" face="MS UI Gothic"><br />キリストによる永遠の救いをまず伝える。<br />枯れた骨のようなイスラエルを死の床より蘇らせた同じ神の力であ<wbr>る。<br />イエスを黄泉の世界から生還させた神の力である。<br />私たちは捕囚の民ではないが、<wbr>何かに縛られているという意味では何かの奴隷である。<br />奴隷である以上、そこから解放される必要がある。<br /><wbr>もし今あなたが枯れ骨のような状態であったなら、<wbr>生き返らなければならない。<br />そのためには神の息吹が必要、聖霊と神のみことばが必要である。<wbr>主は必ずあなたも私も蘇らせて下さる。<wbr>やがて来る栄光の朝はもちろんのこと、<wbr>今この地上生涯に於いて必ず信じて従う者を復活の主は骸骨のよう<wbr>な状態から復活させて下さる。</font><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年1月10日 ジュニア・青年祝福礼拝式</title>
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    <id>tag:nseiai.net,2010://2.102</id>

    <published>2010-01-10T13:57:37Z</published>
    <updated>2010-01-31T14:01:21Z</updated>

    <summary>                      ◎みことば『さあ、走って行き、彼女を...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                      <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『さあ、走って行き、彼女を迎え、「あなたは無事ですか。あなたのご主人は無事ですか。お子さんは無事ですか」と言いなさい。それで彼女は答えた。「無事です。」』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; <br />　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp; &nbsp; Ⅱ列王記４：２６<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『あなたは無事ですか』<br />テキスト：Ⅱ列王記４：１８～３７</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font size="2" face="MS UI Gothic">Ⅰ、祝福されたシュネムの婦人。４／８～１７<br />彼女は神に仕え、<wbr>神の人を御世話することに喜びを見出し、幸せを得ていた。<br />神の人エリシャのために食事の御世話と静まりの部屋を設けた(<wbr>４／８～１０)。<br />それはエリシャにとって神との交わり、霊的な力を蓄えるために、<wbr>肉体の安息のためにも大いに役立った、と思われる。４／１１<br />エリシャが彼女に「あなたは何かの報酬を求めているのか」<wbr>と聞いたところ、彼女はただ、「<wbr>わたしは幸せに暮らしております」と答えただけであった。<wbr>箴言３０／７～９<br />彼女が裕福だったから、という訳ではない。<br />その理由は後程、お話ししたい、と思う。<br />彼女は何一つ、報いを求めなかったが、神はエリシャを通して彼女にとって一番よきものを与えた。<wbr><br />ひとりの男の子を賜った。<br /><br />Ⅱ、信仰の試練の時がやって来た。４／１８～２５<br />神の恵みによって与えられたひとり息子が健やかに成長して父と母<wbr>に愛されて、至福の時を過ごしていた矢先、<wbr>思いもよらぬ試練が起きた。<br />畑仕事のお手伝いをしていた最中に息子が突然「頭が酷く痛い」<wbr>と激しく訴えた。<br />父親は狼狽(うろた)えて、<wbr>若者に子どもを抱かせて母親の所へ行かせたが、<wbr>母親の膝の上で暫くグッタリしていたが、やがて息を引き取った。<br /><wbr>彼女は死んだ息子を抱きかかえて神の人エリシャの部屋に入り、<wbr>エリシャがいつも休んでいる寝台に息子を寝かせて戸を閉めて何事<wbr>もなかったように外に出て来た。<br />そして、夫が制止するのも聞かず、<wbr>神の人エリシャの所に出掛けて行ったのである。<br /><br />Ⅲ、『あなたは無事ですか』『はい！無事です』<br />　Ⅱ列王記４章２６節<br />神の人エリシャは遠くからシュネムの婦人を見付けて弟子のゲハジ<wbr>に命じて言った。<br />恐らく慌ただしく走って来る彼女の姿を見て、<wbr>何か唯ならぬことが起きたに違いない、と察知したのであろう。<br />『あなたは無事か。あなたの夫は無事か。<br />あなたの息子は無事か。』と尋ねなさい。<br />彼女は意外にも『はい。皆無事です。』と答えた。<br />しかし、<wbr>現実は決して無事ではなかったはずであるが、どうして彼女は『<wbr>無事です』と言ったのか。<br /><br />幾つかの理由がある。<br />１、わたしは幸せに暮らしています。<br />２、それは神に仕え、神の人のお世話をさせて頂いています。<br />３、神の人の部屋に入り、<wbr>神の人が休む寝台の上に子どもを寝かせた。<wbr><br />そこは神に人がよく祈り、よくみ言葉を黙想しているところ、<wbr>主の臨在信仰豊かなところであった。<br />４、『主は生きておられる。あなたの魂も生きています。』<wbr>主の聖霊が働き、主の命が生き生きと満たされているところです。<br />故に私は決してあなたから離れません。<br /><br />彼女の神への信頼が、彼女の信仰告白が、<wbr>彼女の神の人への献身的な働きが厳しい現実にも拘わらず、『<wbr>わたしは無事です』と答えさせた。勿論、<wbr>感謝を忘れることはなかった。<br /></font><font size="2" face="MS UI Gothic"><br />『あなたは無事ですか』信仰・経済・仕事・健康・家族<br />あなたの信仰生活は無事ですか。<br />お祈りやみ言葉に根ざした生活をしてますか。<br />あなたの夫は無事ですか。あなたの妻は無事ですか。<wbr>皆無事救われましたか。<br />悩みや問題、重荷を抱えておられますか。<br />お互いの関係は無事ですか。<br />あなたの息子さんや娘さん、お孫さん達は無事ですか。<wbr>神を恐れ敬う道を歩んでおられますか。<br /><br />お互いに厳しい状況、試練の中に居るかも知れないが、<wbr>私たちもシュネムの婦人のように、『無事です』<wbr>と答えられる神への信仰を持続して生きましょう！</font><br />]]>
    </content>
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    <title>◆ 2010年1月3日 新年感謝礼拝式</title>
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    <published>2010-01-03T05:01:59Z</published>
    <updated>2010-01-10T05:06:23Z</updated>

    <summary>                     ◎みことば『これはゼルバベルへの主のこ...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
    </author>
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nseiai.net/">
        <![CDATA[                     <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『これはゼルバベルへの主のことばだ。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は仰せられる。大いなる山よ。お前は何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、「恵みあれ。これに恵みあれ」と叫びながら、かしら石を運び出そう。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; <br />　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ゼカリヤ４：６、７<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『権勢や能力ではなく主の霊による』<br />テキスト：ゼカリヤ４：１～１４</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">ゼカリヤ書は、<wbr>預言者ゼカリヤが聖霊の感動をもって書いた預言の書である。<br />大凡(おおよそ)、紀元前６００年頃のことである。<br />南王朝ユダがバビロン帝国によって滅ぼされたのが紀元前５８７年<wbr>７月頃、その約１３年前に預言された言葉である。<br /><br />因(ちな)みに北王朝イスラエルがアッシリヤに滅ぼされたのは、<wbr>紀元前７２２年頃である。<br />ユダの民は神のさばきとして約７０年ほどのバビロン捕囚を余儀な<wbr>くされが、異国・異教での悲しみ、苦しみ、孤独さに耐えかねて、<wbr>今更ながら自分たちの不信仰と不従順によって、<wbr>捕囚の憂き目に遭ったこと、<wbr>これが受けるべき神のさばきであったことに気付いて、<wbr>心の底から悔い改めたのである。<br /><wbr>やがて彼らの多くは故郷イスラエルに向かって、<wbr>日に三度のお祈りをささげて、神の赦しと回復を切望していた。<br /><br />やがてペルシャ王クロスがバビロンを征服したが、(これもまた、<wbr>神のさばきであった)神はクロスに聖霊の感動を与えて、<wbr>ユダの民を全面解放するようにと命じたので、<wbr>ユダの民は自由を得て故郷エルサレムに帰還したのである。<br />このような歴史的背景のもとに、<wbr>預言者ゼカリヤによって語られたのがゼカリヤ書である。<br /><br />「さあー、あなたがたは母国エルサレムに帰って、国を、町を、<wbr>城壁を、神殿を復興しなさい。」<wbr>とクロスを通して与えられた神のメッセージを携えて懐かしい故郷<wbr>に帰り、崩れた城壁、焼け爛(ただ)れた神殿を再建、復興しようと奮い立った。<br />神を礼拝するために、<wbr>神の栄光を拝するために、神殿再建のために立ち上がりった。<wbr>神の民イスラエルがめざすリバイバルの始まりであった。<wbr><br /><br />ところが、思わぬ妨害が内外から起きた。外敵もさることながら、<wbr>一番の大きな妨げは内部からの不平、不満、呟きの声であった。<br />〝こんな厳しい労働には耐えられない。神殿再建、<wbr>城壁修復のためにこれ以上、時間も財も人も使うのは勿体ない。<wbr>もう止めようではないか。<br />私たちの生活が成り立たないのに、神殿建築とか、<wbr>城壁の修復とかはとても不可能ですよ！〟<br />折角のビジョンが中断されて挫折仕掛けたその時、ハガイ、<wbr>ゼカリヤが立ち上がって、彼らを激励して、〝神に期待して一緒に祈ろう。神様から出たビジョンならば必ず成功する。〟<br /><br />もう一度神様の力と勇気と希望が与えられて、<wbr>彼らは立ち上がった。<wbr>自分最優先というのは昔も今も変わらないけれども、<wbr>神様は昔も今も挫折している者、<wbr>失望落胆して投げ槍になっている者、<wbr>目の前の大山のような難問題に直面して絶望している者に慰めと希<wbr>望のメッセージを与えて、リバイバルして下さる、<wbr>生き返らせて下さる、回復させて下さる、<wbr>復活させて下さるお方である。ハレルヤ！<br />リバイバルとはそういう意味である。<br /><br />『権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による』<wbr>と仰せ下さる主なる神を信じて行くところに、神ご自身の御業が現されて来る。<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2">『かしら石が引き出されて来る』<wbr>どんな大きな山も切り崩されて平地に変貌して行くように、<wbr>疑問難問が鮮やかに切り崩されて、むしろそれらが大きな恵み、<wbr>祝福となって新しい御業が起こされて来る。<wbr><br /><br />ゼカリヤを通して語られたメッセージは私たちへの神の希望と愛に<wbr>満ちたメッセージである。<br />世俗的な、一時的な、日和見的な語り草ではなく、<wbr>真実な愛と信仰のメッセージである。<br />信仰と愛と希望を持って一所懸命に祈り、<wbr>謙遜に従って行くならば、必ず結果が伴って来る。<wbr><br />人生の嵐の中でさえ、<wbr>聖霊の追い風を頂いてリバイバルの御業が広がって行く。<br /><wbr>２０１０年も聖霊によるリバイバルの年であることを期待しよう。</font><br />]]>
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    <title>◆ 2010年1月1日 元旦祝福礼拝式</title>
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    <published>2010-01-01T04:54:34Z</published>
    <updated>2010-01-10T05:07:37Z</updated>

    <summary>                     ◎みことば『ただ、この一事に励んでいま...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                     <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『ただ、この一事に励んでいます。すなわち、後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリストイエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標をめざして一心に走っている。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ピリピ３：１３、１４<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『雄々しく強くありなさい』<br />テキスト： ヨシュア記１：１～９</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">〝おめでとう〟<wbr>この言葉は聖書の思想から言えば神の祝福を願う挨拶ではないか、<wbr>と思う。<br /><br />出エジプト記12章によりますと、イスラエルの民は、<wbr>神の指図に従ったので、無償で溢れるほどのお年玉を授かり、<wbr>意気揚々とエジプトを出立した。<br />それは新しい希望と祝福に満ちた出発であった。これが彼らにとっては真のお正月であった。彼らは心の底からおめでとう、と言えたのである。<br /><br />正月とは、楽しく、喜ばしい時、という意味がある。<br />睦月(むつずき・・陰暦正月の異称)。<br />今年も人とも仲むつまじく、<wbr>神様とも仲むつまじい一年でありたい、と心の底から願います。<br /><br />そのために神の言は非常に助けになる。ヨシュア記１：８<br />エキソダス(出エジプト)の時に、<wbr>傷のない無垢な小羊の血が流された。出エジプト１２：１３、１４<br /><br />これは私たちにとっては、イエス・<wbr>キリストの十字架の血をあらわす。<br />イスラエルの民は古きエジプトの奴隷生活からの解放でしたが、<wbr>私たちのためには、罪と滅びからの救いのために、<wbr>キリストが十字架で血を流して下さった。<br />またそれは人生に起きて来る思わぬ悲しい出来事や悩みからの解決<wbr>・解放のためであった。<br /><br />Ⅰ、神を信じ、神を礼拝する、神第一の生活。<br /><br />この一年も徹頭徹尾神を信じ、神に期待し、神に従い続ける。<br />主なる神様は渋賃の神ではなく、何事にも豊かな神様ですから、<wbr>わたしたちを見放したり、<br />見捨てたりはしない。ヨシュア１：５<br /><br />　だから、私たちも神を見くびったり、<wbr>信仰を捨てたりするのではなく、信じること、従うこと、<wbr>ささげることにおいて、豊かな気持ちで生活していこう。<br /><wbr>面白くないことや、気に入らないことが起きても、<wbr>挫けるようなことがあっても、<wbr>神はいつも聖霊とみ言葉をもって私たちを助け起こして下さる。<wbr>だから、信仰を失うことの無いようにしょう。<br />信仰の祭壇をいつも立て直して生活しよう。<br /><br />Ⅱ、神は望みの神、平安・喜びはここから来る。<br /><br />浮世の濁流に呑み込まれないために、<wbr>この一年も望みの神を当てにして生活しょう。<br />神と共に生きる人生は、損しているようで実は得をしている。<wbr>犠牲を払ってマイナスになっているのではないか、<wbr>と思うようなことがあっても、実は心が豊かになって、<wbr>プラスの人生が開けて来る。<wbr><br />神と共に生きる人生に一欠片のマイナスもない。<br /><wbr>望みの神を信頼せず、世俗に未練を残して心を引かれてしまえば、<wbr>身も心も魂もすべて、骨抜きになってしまい、<wbr>蝉の抜け殻のような人生に終わってしまう。<br />信仰の一歩一歩の歩みには、あなたが感じても感じなくても、<wbr>意識しても意識しなくても、神からの祝福・勝利・平安・喜び・<wbr>希望・愛などが積み重なっていく。『天に宝を積む』<br /><br />Ⅲ、神の御前(みまえ)に謙虚に跪(ひざまず)く。<br /><br />『主の日』神の決定的な審判の日、<wbr>人間の知識や想像を遙に超えて、<wbr>神の力が未曾有に大爆発する日が来れば、<wbr>誰もこれを止めることは出来ない。それは一瞬にして起きる。<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2">現在起きている不気味な事件や異常な自然界の出来事は、<wbr>その瞬間的に起きるさばきの前触れである。神を蔑(ないが)<wbr>ろにして来た人類世界に今、<wbr>途轍もない大きなツケが異様な形で噴出している。<br /><wbr>人類は底無し沼にズルズルと引きずり込まれ、不気味な力に喘(<wbr>あえ)いでいる。<br />追い詰められている今こそ、人類は神に立ち帰り、<wbr>神の愛と赦しを受け留めなければならない。神は近くにおられる。<br /><br />『あなたの神、主が、あなたが行く所、どこにでも、<wbr>あなたとともにあるからである』<br />ヨシュア記１：９<br /><br />終わりの日が近いのであれば、キリストの救いはもっと近い。<wbr><br />神の前に謙虚に跪(ひざまず)き求めよう！<br />キリストが復活したからには、何が起ころうと、<wbr>どんな問題に会おうとも大丈夫である。<br />神が平安と希望を約束しているので、<wbr>私たちにも回復の望みが残されている。<br /><br />『わたし自信がいっしょに行って、あなたを休ませよう』<wbr>出エジプト３３／１４</font><br />]]>
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    <title>◆ 2009年12月27日 一年感謝礼拝式</title>
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    <published>2009-12-27T07:34:54Z</published>
    <updated>2010-01-17T07:48:41Z</updated>

    <summary>                      ◎みことば『ただ、この一事に励んでい...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                      <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『ただ、この一事に励んでいます。すなわち、後ろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリストイエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標をめざして一心に走っているのです。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; ピリピ３：１３、１４<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『新しく切り替えて前進する』<br />テキスト：ピリピ３：１～１４</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">私たちは神の恵みと多くの人々の支えによってこの一年も無事に終<wbr>えようとしている。<br /><br />年々、世界情勢が厳しくなり、<wbr>今年も激しく揺り動いた一年であった。<br />政権交代とその後の複雑な現実の苦悩、地球温暖化に関する排出ガス規制を巡る鬩(<wbr>せめ)ぎ合い、<br />自然界の破壊現象、得体の知れない病原菌の発生、<wbr>特に新インフルエンザの大流行、<br />孕(はら)む戦争の危機、<wbr>アフガンやイラク、その他に於けるテロの暗躍、世界的金融危機、<wbr>経済の破綻、<br />失業者の増加、誘拐殺人事件、家庭の悩みなど、<wbr>目の前の現実を考えると、<wbr>不安な気持ちにならざるを得ない状況が続いている。<br />しかし、<wbr>神は希望の神、神が私たちを愛してくださっている、赦して下さっている、<wbr>神と共に生きている、<br />あなたは高価で尊い、<wbr>と言われる主がわれらを助けて下さる、と分かれば、<wbr>望みの神である方のみ言葉によって信仰と希望が湧いて来る。<br /><br />Ⅰ、過去に於いて・・自らの血肉を誇っていた。<br />出生、民族的な誇り、地位、肩書き、学歴、 ピリピ３～６<br /><br />Ⅱ、現在に於いて・・キリストを知ってから、価値観が変わった。<wbr>ピリピ３：７～１１<br />今まで誇りとしていたものが一切、屑のように思えて、<wbr>キリストがすべてであるようになった。<br /><br />Ⅲ、将来に於いて・・わたしは未だ、未熟だけれども、<wbr>神の栄冠を得るために、キリストを目標として前に向かって進む。<wbr>ピリピ3：12-16<br /><br />イエス様のお誕生から２００９年がアッと言う間に過ぎ去ろうとし<wbr>ている。<br />また、各々人生の歳月が年々過ぎ去って行く。<br /><wbr>個々人によって多少の違いがあるが、お互いに多くの失敗もして来ましたし、成功を収めたこともある。<br />自分の思うように、事が運んだこともあれば、<wbr>思うようにならなかったこともある。<br />恥をかいたり、栄光を拝したり、用いられたり、<wbr>用いられなかったり、、。<br /><br />いずれにしても、過去の栄達に満足したり、高慢に陥らないこと。<br />また、恥や失敗を思い出しては、いつまでもクヨクヨしないこと。<br />それよりも、私たちにとって一番益になること、主が私たちに為されたことを忘れずに感謝する</font><font face="MS UI Gothic" size="2">ことである<br />(詩篇１０３篇ー１節、２節)。<br /><br />何故ならば、主と共に生きる人生に、私たちが経験する事は、<wbr>何一つ無駄なことはなく、<br />例え無駄なように思えても、主は必ずそれらを益に変えて下さる。<wbr>ローマ８：２８<br /><br />確かに今、苦しいことや辛いこと、<wbr>悲しくて涙することも沢山ある。<br />しかし、<wbr>そこには何かの神様の思し召しが有るような気がする。<br />恨み辛みではなく、私たちの人生において、それらを糧とし、<wbr>肥やしにしていくなら、逞しく、<wbr>あたたかい人間に成長していくであろう。<br /><br />新しく切り替えて兎に角、<wbr>前のものに向かってひたすら前進しよう！<br />数多くの目標があるが、<wbr>一番大きな目標はキリストと共に生きること。<br /><br />Ⅳ、国籍は天にあり、キリスト再臨の希望がある。</font><font face="MS UI Gothic" size="2">ピリピ３：１７～２１</font><br /><font face="MS UI Gothic" size="2"><br /></font>]]>
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    <title>◆ 2009年12月20日 クリスマス(降誕祭)礼拝</title>
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    <published>2009-12-20T07:30:34Z</published>
    <updated>2010-01-17T07:49:01Z</updated>

    <summary>                      ◎みことば『すると、見よ、東方で見た...</summary>
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        <![CDATA[                      <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; <br />　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; マタイ２：９、１０<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『救い主誕生の喜び』<br />テキスト：ルカ２：１～２０</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">★救い主イエスの誕生は歴史的事実である。<br />医者であり、歴史家でもあったルカは、<wbr>当時の全世界の人口調査と関連付けることで、<wbr><br />イエスの誕生が歴史的事実であることを明らかにし、<wbr>旧約時代から多くの預言者によって預言されて来た神の御子・<wbr>救い主であることを証言した。<br /><br />★貧しくなられた救い主イエス。<br />イエス・キリストは全世界の救い主、王の王・<wbr>主の主であるにも拘わらず、<wbr>お生まれになった場所は王宮ではなく、<wbr>家畜小屋として使われていた祠(ほこら)<wbr>の中にあった飼い葉桶に寝かせられた。<br />人類の救い主としのしるしは、『布にくるまっている』と『<wbr>飼い葉桶』であった。<br />これは神の御子・救い主としては、<wbr>最も相応しくない姿であったが、<wbr>私たちを罪と滅びから救い出すために十字架で死ぬのが目的であっ<wbr>たので、救い主としては相応しいものと言わざるを得ない。<br />『宿屋には彼らのいる場所がなかったからである』<br /><br />イエス様がすべての人の心と人生、家庭に入ろうと為さったが、<wbr>殆どの人はイエス様を拒絶した。<br />『この方は、ご自分の国に来られたのに、<wbr>ご自分の民は彼を受け入れなかった』。<br /><br />★富んでおられたイエス様は貧しい私たちを豊かにするために、<wbr>貧しくなられました。<br />Ⅱコリント８／９<br /><br />★主はどれほど富んでおられたのでしょうか。<br />★主はどれほど貧しくなられたのでしょうか。<br />★私たちはどれほど貧しい人間でしょうか。<br />罪深い汚れた、偽りと傲慢、争いと憎しみ、愛せない、赦せない、<wbr>不義だらけの人間、滅びてしまって当然の者たちばかりである。<br /><br />★『あなたがたが、富む者となるためです』<br />罪が赦され、永遠の命が与えられ、愛と希望の人生を送り、<wbr>その後、神の国に入らせて頂けるという祝福。<br /><br />★あなたがたに与えられた大きな喜び。<br />『あなたがたのために、素晴らしい喜びを知らせに来た』<wbr>救い主キリストによって、<wbr>私たちに与えられた喜びはクリスマスの喜びである。<br /><br />★①救い主誕生の喜び。<br />★②十字架の血で罪が赦される喜び。<br />★③復活によって永遠の命が与えられる喜び。<br />★④愛と希望の満ちた人生になる喜び。<br />★⑤地上生涯の後、天の御国に入る喜び。<br />この喜びはマリヤとヨセフ、数人の羊飼い、<wbr>東の国から来た博士たちによって、ベツレヘムからユダヤ全土、<wbr>全世界に伝えられて、長い年月を経て私たちにも伝わって来た。<wbr><br />世界で初めてのクリスマス以来、約2,009年の歴史を通して、<wbr>世界中で殆ど同時期に行われている世界的な祭り、<wbr>特定の方の誕生日を全世界でお祝いするのはクリスマスだけです。<wbr><br />Χ'mas＝キリストの祭り、すなわち、イエス・<wbr>キリストの誕生だけが全世界でお祝いするハッピー、<wbr>バースデイである。イエス・キリストがお生まれになったので、<wbr>世界人類の歴史に於いて、B.C 
A.Dという呼び名が生まれた。<br />十字架の受難、<wbr>復活のイースター、ペンテコステ、キリスト教会の誕生、神学校、<wbr>ミッションスクール、殆どの音楽・絵・彫刻・小説なども聖書、<wbr>キリストから始まっている。<br />数多くの企業などもキリスト教精神に基づいて設立されている。<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2"><br />★クリスマスは謙遜を学び、謙遜を身に付ける時。<br /><br />★①天を押し曲げて人となられたイエス。<br />　　　　　　ヨハネ１／１４、詩篇１８／９<br />★②マリヤの従順。ルカ１／３８<br />★③ヨセフの寛大さ。&nbsp; 
マタイ１／１９<br />★④博士たちの動向。マタイ２／１～１２<br />★⑤羊飼いたち素直さ。ルカ２／１５～２０<br /><br />★謙遜は愛、素直、従順から生まれます。<br />私たちは家畜小屋や飼い葉桶以上に見窄らしい貧しい者だが、<wbr>イエス様は喜んでお入り下さる。<br />今日、<wbr>あなたの心にイエス様を迎えて頂きたい。</font><br /><font face="MS UI Gothic" size="2"><br /></font>]]>
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    <title>◆ 2009年12月13日 待降節第三週礼拝式</title>
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    <id>tag:nseiai.net,2009://2.97</id>

    <published>2009-12-13T14:02:55Z</published>
    <updated>2009-12-15T14:07:05Z</updated>

    <summary>                    ◎みことば『すると、見よ、東方で見た星が...</summary>
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        <name>管理者</name>
        
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        <![CDATA[                    <b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; <br />　　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; マタイ２：９、１０<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『別の道から帰って行った』<br />テキスト：マタイ２：１～１２</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ、イエス・キリストに対する三つの反応。<br /><br />①ヘロデの反応・・憎悪と敵意。<br />ヘロデは今生まれたばかりの幼子が、自分の生活、地位、権力、<wbr>勢力を脅かすことを恐れたので、本能的に殺してしまおうとした。<br /><br />②祭司長と律法学者の反応・・徹底した無関心。<br />彼らの教えを守っても、彼らの行状に倣ってはならない。<br /><wbr>祭司長や律法学者は、神殿の儀式や律法の解釈に心奪われて、<wbr>イエスの誕生などには何の注意も払わなかった。<wbr>現代人の多くは自分のことや世俗のことに忙しすぎて、イエス・<wbr>キリストには殆ど無関心である。<br /><br />『すべて道行く人々よ、あなたがたはなんとも思わないのですか。<wbr>』哀歌１／１２<br />これは自分の醜い罪や傲慢、滅びや世界の終わり、<wbr>神の愛や永遠の命のことなど、何とも思わないのですか、<wbr>と訴えている言葉である。<br /><br />③博士たちの反応・・賛美と礼拝。『星に導かれて来た博士たち』<wbr>民数記２４／１７<br />イエス・<wbr>キリストの足もとに最上の捧げものを捧げたいという願いを込めて<wbr>、遙々遠い東の国からベツレヘムに来たのである。<br />彼らは今で言う天文学者であり、非常に有能な博士でしたから、<wbr>旧約聖書の預言に精通していたし、<wbr>救い主の誕生ことはよく知っていたと思われる。<br /><br />①救い主はユダヤ人であり、異邦人ではない。<br />②救い主はユダ族から生まれる。<br />③救い主はダビデの家系から生まれる。<br />④救い主は処女から生まれる。<br />⑤救い主はダビデの町ベツレヘムに生まれる。<br /><br />だからこそ、遠い国から遙々、<wbr>贈り物を携えて星の光に導かれて救い主を礼拝するために来たので<wbr>ある。<br /><br /><br />Ⅱ、キリストへの捧げもの。<br /><br />博士たちの捧げものは、救い主イエスにとって、<wbr>まことに相応しいものであった。<br /><br />①黄金・・王の王への贈り物。<br />イエス様は「王の中の王」として、お生まれになりましたが、<wbr>世の中の王のように、力でねじ伏せるのではなく、<wbr>愛によって支配したのである。<br />そしてそれは王座からではなく、十字架からの招きであった。<wbr><br />私たちはイエス・<wbr>キリストが人生を支配して下さる王の王ですから、<wbr>いつも心の王座にイエス様をお迎えすることができる。<br /><br />②乳香・・祭司への贈り物。<br />香しい乳香は、<wbr>神殿において礼拝と犠牲がささげられる時に用いられた。<br />祭司の務めは、人が神のもとへ行く道を開くこと。<br />祭司のラテン語は「ポンティフェクス」で、<wbr>橋を架ける人という意味がある。<br />イエス様は「愛と平和」の懸け橋となって下さった。<br />新渡戸稲造は〝私は太平洋の懸け橋になりたい〟<br />イエス様は人間が神に近づく道を開かれた。<br />罪深い汚れ切った私たちが神の御前に出られるようにして下さった<wbr>。ヨハネ１４／６<br />私たちも愛と平和の架け橋になりたいですね。<br /><br />③没薬・・死者への贈り物です。<br />没薬は死体に塗るもので、<wbr>イエス様は死ぬためにこの世に来られた。<wbr>十字架で死ぬために来られた。<br /><br /><br />Ⅲ、別の道から帰って行った博士たち。<br />幼子イエスを救い主として礼拝した後、<wbr>博士たちはヘロデの処へは戻らなかった。<br />すなわち、</font><font face="MS UI Gothic" size="2">彼らはヘロデのもとへ戻ってはならない、<wbr>との知らせを受けていた。<br />ヘロデへの道、それは死を意味する。<wbr>神から離れてしまう滅びの道、堕落の道、教会から離れる道。<wbr><br />キリストの十字架によって罪を赦され、<wbr>救われた私たちはヘロデの道を行かず、<wbr>キリストと共に生きる新しい道を歩み続けるのである。<br /><br />マルチン・<wbr>ルターは言った、〝今あなたがあなたの心を繋ぎ、<wbr>信頼を寄せているもの、それがほんとうのあなたの神なのである〟<br /><br />私たちの帰る道とは永遠の命への道、ヘロデの道ではなく、<wbr>天をめざす道です。ヨハネ１４／１<br />キリストこそ、私たちが歩むべき道であり、キリストこそ、<wbr>信ずべき真理であり、キリストこそ、持つべき永遠の命です。<wbr><br />キリスト以外の道に舞い戻る必要はありません。</font><br />]]>
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    <title>◆ 2009年12月6日 待降節第二週礼拝式 </title>
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    <published>2009-12-06T13:58:14Z</published>
    <updated>2009-12-15T14:02:14Z</updated>

    <summary>◎みことば『マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご...</summary>
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        <![CDATA[<b><font color="#006699">◎みことば</font><br />『マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。、、見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp; 　マタイ１：２１、２３<br /></b><br /><p><b><b><font color="#006699">◎説教要旨　[福本行宏牧師]</font><br />テーマ：『メシヤ誕生の次第を想う』<br />テキスト：マタイ１：１～２５</b> </b></p><b> </b>]]>
        <![CDATA[<font face="MS UI Gothic" size="2">Ⅰ、救い主誕生の次第。マタイ１／１８～２０<br /><br />救い主イエスの誕生は世の常のようではなく、聖霊による超自然的な誕生でした。<br />そうでなければ、私たちのような罪深い者の罪を赦したり、<wbr>汚れをきよめたりは出来ません。<br />まして、<wbr>私たち罪人を永遠の滅びから救い出すことは不可能なことでした。<br />しかし神は御子イエス・キリストを通して、<wbr>受肉によって罪深い人間に愛の干渉をされました。<br />そして救い主キリストは私たちのすべての罪と悩みとを全部十字架<wbr>で背負って下さったのです。<br /><br />私たち一人ひとりは生まれ育ち、家柄、性格、職業、世代など、<wbr>様々な違いがありますが、私たちは皆罪深く、汚れた者たちばかりです。<br />聖なる神にふさわしくない者たちばかりですが、神が私たちを閉め出すことは絶対にありません。<br />だから私たちも主を閉め出す必要はないのです。<br />今一度、信仰と感謝をもって、<wbr>新しく主を人生の王座にお迎え致しましょう！<br /><br />Ⅱ、永遠の救いの系図に入る。１／２１～２５<br /><br />最高の血筋と完全に純潔であるお方が、<wbr>汚れに満ちた罪の世に入って来られて罪深い者の友となり、<br /><wbr>愛と平和とを説き、多くの人々の心の傷や病を癒やし、<wbr>罪の赦しと永遠の命を与えたのでありますが、<wbr><br />イエス様は人々から嘲られ、罵られ、捨てられて、罪人(<wbr>つみびと)呼ばわりされた挙げ句、<br />十字架に磔(はりつけ)にされて殺されました。<br />神のご計画でありましたが、<wbr>それは私たちの罪の身代わりの贖いの死でありました。<wbr>イザヤ５３章<br /><br />私たちはキリストの十字架の血潮によって罪を赦されて、<wbr>復活のキリストによって永遠の命が与えられて、「<wbr>神の永遠の救い」という聖なる系図の中に組み入れられるのです。<br />罪という最悪の猛毒は、<wbr>キリストの十字架の血潮によって完全に解毒されたのです。<br />メシヤであるイエス・<wbr>キリストは私たちの罪の身代わりに十字架で死ぬために生まれまし<wbr>た。<br />この神の真実な愛を心に受け止めて、イエス・<wbr>キリストをあなたの救い主として迎え入れる時、<br />これこそがあなたにとって真のクリスマスであることを知って頂き<wbr>たいのです。<br /><br />Ⅲ、毎日がクリスマスであったら良いのに。<br /><br />聖霊によってマリヤの胎内に宿ったこと、夫ヨセフが忍耐深かったことで、マリヤの存在が助かりました。<br />マリヤの信仰と従順があったからこそ、<wbr>救い主イエスの誕生は実現しました。<br />救い主イエスの誕生が預言の如く成就したからこそ、<wbr>クリスマスが存在したのです。<br /><br />クリスマスが存在しているからこそ、悲惨な闇の世界、<wbr>人類の歴史にも希望と愛と平和が実現する。<br />それ故に、<wbr>人々の心も生活も不安と恐れから解放されるのであります。<br />クリスマスがあればこそ、<wbr>十字架による罪の贖いも復活による永遠の命も与えられるのです。<br />罪の赦しも永遠の命もあるからこそ、<wbr>クリスチャンとしてのあなたの存在もあるのです。<wbr><br />クリスマスがあればこそ、聖書やキリストを題材とした名曲、<wbr>名画、名作も、生まれました。<br /></font><font face="MS UI Gothic" size="2">教会も神学校も修道院も、ミッションスクールも生まれました。<wbr>ルターやカルビンの宗教改革も起きました。<br />全世界の救い主としてお生まれになったイエス・<wbr>キリストを人類の歴史と私たちの生活から、<wbr>私たちの人生から除外することは決して出来ません。<br /><br />天を押し曲げて(詩篇１８／９)、人の姿を執り(受肉)ヨハネ１／１４ 
<br />卑しい罪深い私たちを心に掛けて下さった主(ルカ１／２４、<wbr>２５)をあなたの心の王座に、<br />人生の信仰の伴侶に、家庭の中心にお迎え下さい。<br /><br />インマヌエルの信仰と希望をあなたのものに！<br />これが真のクリスマスの恵み、喜び、希望であります。ハレルヤ！</font><br />]]>
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