◆ 2010年1月3日 新年感謝礼拝式
◎みことば
『これはゼルバベルへの主のことばだ。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は仰せられる。大いなる山よ。お前は何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、「恵みあれ。これに恵みあれ」と叫びながら、かしら石を運び出そう。』
ゼカリヤ4:6、7
『これはゼルバベルへの主のことばだ。「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と万軍の主は仰せられる。大いなる山よ。お前は何者だ。ゼルバベルの前で平地となれ。彼は、「恵みあれ。これに恵みあれ」と叫びながら、かしら石を運び出そう。』
ゼカリヤ4:6、7
◎説教要旨 [福本行宏牧師]
テーマ:『権勢や能力ではなく主の霊による』
テキスト:ゼカリヤ4:1~14
ゼカリヤ書は、預言者ゼカリヤが聖霊の感動をもって書いた預言の書である。
大凡(おおよそ)、紀元前600年頃のことである。
南王朝ユダがバビロン帝国によって滅ぼされたのが紀元前587年7月頃、その約13年前に預言された言葉である。
因(ちな)みに北王朝イスラエルがアッシリヤに滅ぼされたのは、紀元前722年頃である。
ユダの民は神のさばきとして約70年ほどのバビロン捕囚を余儀なくされが、異国・異教での悲しみ、苦しみ、孤独さに耐えかねて、今更ながら自分たちの不信仰と不従順によって、捕囚の憂き目に遭ったこと、これが受けるべき神のさばきであったことに気付いて、心の底から悔い改めたのである。
やがて彼らの多くは故郷イスラエルに向かって、日に三度のお祈りをささげて、神の赦しと回復を切望していた。
やがてペルシャ王クロスがバビロンを征服したが、(これもまた、神のさばきであった)神はクロスに聖霊の感動を与えて、ユダの民を全面解放するようにと命じたので、ユダの民は自由を得て故郷エルサレムに帰還したのである。
このような歴史的背景のもとに、預言者ゼカリヤによって語られたのがゼカリヤ書である。
「さあー、あなたがたは母国エルサレムに帰って、国を、町を、城壁を、神殿を復興しなさい。」とクロスを通して与えられた神のメッセージを携えて懐かしい故郷に帰り、崩れた城壁、焼け爛(ただ)れた神殿を再建、復興しようと奮い立った。
神を礼拝するために、神の栄光を拝するために、神殿再建のために立ち上がりった。神の民イスラエルがめざすリバイバルの始まりであった。
ところが、思わぬ妨害が内外から起きた。外敵もさることながら、一番の大きな妨げは内部からの不平、不満、呟きの声であった。
〝こんな厳しい労働には耐えられない。神殿再建、城壁修復のためにこれ以上、時間も財も人も使うのは勿体ない。もう止めようではないか。
私たちの生活が成り立たないのに、神殿建築とか、城壁の修復とかはとても不可能ですよ!〟
折角のビジョンが中断されて挫折仕掛けたその時、ハガイ、ゼカリヤが立ち上がって、彼らを激励して、〝神に期待して一緒に祈ろう。神様から出たビジョンならば必ず成功する。〟
もう一度神様の力と勇気と希望が与えられて、彼らは立ち上がった。自分最優先というのは昔も今も変わらないけれども、神様は昔も今も挫折している者、失望落胆して投げ槍になっている者、目の前の大山のような難問題に直面して絶望している者に慰めと希望のメッセージを与えて、リバイバルして下さる、生き返らせて下さる、回復させて下さる、復活させて下さるお方である。ハレルヤ!
リバイバルとはそういう意味である。
『権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による』と仰せ下さる主なる神を信じて行くところに、神ご自身の御業が現されて来る。
『かしら石が引き出されて来る』どんな大きな山も切り崩されて平地に変貌して行くように、疑問難問が鮮やかに切り崩されて、むしろそれらが大きな恵み、祝福となって新しい御業が起こされて来る。
ゼカリヤを通して語られたメッセージは私たちへの神の希望と愛に満ちたメッセージである。
世俗的な、一時的な、日和見的な語り草ではなく、真実な愛と信仰のメッセージである。
信仰と愛と希望を持って一所懸命に祈り、謙遜に従って行くならば、必ず結果が伴って来る。
人生の嵐の中でさえ、聖霊の追い風を頂いてリバイバルの御業が広がって行く。
2010年も聖霊によるリバイバルの年であることを期待しよう。
大凡(おおよそ)、紀元前600年頃のことである。
南王朝ユダがバビロン帝国によって滅ぼされたのが紀元前587年
因(ちな)みに北王朝イスラエルがアッシリヤに滅ぼされたのは、
ユダの民は神のさばきとして約70年ほどのバビロン捕囚を余儀な
やがてペルシャ王クロスがバビロンを征服したが、(これもまた、
このような歴史的背景のもとに、
「さあー、あなたがたは母国エルサレムに帰って、国を、町を、
神を礼拝するために、
ところが、思わぬ妨害が内外から起きた。外敵もさることながら、
〝こんな厳しい労働には耐えられない。神殿再建、
私たちの生活が成り立たないのに、神殿建築とか、
折角のビジョンが中断されて挫折仕掛けたその時、ハガイ、
もう一度神様の力と勇気と希望が与えられて、
リバイバルとはそういう意味である。
『権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による』
ゼカリヤを通して語られたメッセージは私たちへの神の希望と愛に
世俗的な、一時的な、日和見的な語り草ではなく、
信仰と愛と希望を持って一所懸命に祈り、
人生の嵐の中でさえ、
※当教会はエホバの証人(ものみの塔),
統一教会(統一協会),モルモン教など
とは一切関係ありません。
これらでお困りの方はご相談ください。
統一教会(統一協会),モルモン教など
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